Yuji Obata's information from TOKYO


by y-ob

A BRILLIANT BLUE SHANGHAI

 1986年10月15日、上海虹橋空港から東京へ向かう日本航空の便は離陸を待たされた。窓を通して駐機場の英国航空機からタラップを降りてくる紫色のスーツを着たエリザベスⅡ世の姿が見えた。コンコルドでロンドンを発った女王は中東で乗り継ぎ、香港返還を控えて訪中の途上でした。
 改革開放政策に進み始めた中国で、この頃の上海はまだ戦前そのままの街の姿を留めていて、アンリ・カルティエ・ブレッソンが滞在したブロードウェイマンションは町のどこからも見え、その威容はバベルの塔のようでした。
 遡って1984年はマッキントッシュが発売された年で、インターネットや携帯電話、デジタルカメラもなく、国際間のホテルの予約にはテレックスが使われていました。音楽はレコードからCDになりつつあり、これからメディアにおけるデジタル革命が始まろうとしていましたが、写真においては最後のフイルム時代であり、カラーフイルムの開発全盛期でした。ジョエル・メイロウィッツの「ケープライト」が日本に紹介されたのがこの頃で、日本でネガカラーフイルムで作品を撮るにはまだ個人向けプロセッサーが普及していませんでした。80年代の中国での撮影はトライX、エクタクローム、フジクロームを使っていましたが、同時代の中国の田舎の写真館ではまだモノクロプリントに人工着色をしていたのです。
 30年が過ぎて再び上海の街に立って、かつて撮影した街路をたどって、同じ位置からの撮影を始めましたが、最新デジタルカメラによるその被写体は100年続いた石庫門住宅の解体と再開発、何よりも変化の著しい人々のファッション、爆発的に売れている乗用車へと変化していきました。今もまだヨーロッパの面影を残す外灘の夜、オレンジ色の街灯に照らされて静かに走るブラウンのロールスロイスは幻のようです。80年代に走っていた水色の『上海SH760』は、今では自動車博物館に展示されています。
 1930年代、東洋のパリと呼ばれた上海は、2015年、史上最高の発展をとげた姿を見せてくれます。ブロードウェイマンションはバートンの「小さな家」のように、高層ビルの谷間に佇んでいます。そして、英国皇子が30年ぶりに訪中した2015年。この30年という時間そのものが「被写体」となっていました。


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by y-ob | 2016-06-19 01:10